「当たり前」って何?当たり前は存在しない知ると人生が輝きだす!-「心を折り合いをつけて うまいことやる習慣」を読んで

ビジネス

今回は中村 恒子さん 奥田 弘美さんの著書「心に折り合いをつけて うまいことやる習慣」を読んで、いいな〜と思ったことを4つの側面でまとめさせていただきました。

少しでも参考になる言葉が見つかると幸いです

仕事:「お金のために働く」でええやない。家族の幸せを、健康を第一に

「なんで働くのか?」と迷ったときは、単純に「働くのは、自分が食べていくお金を稼ぐため」と割り切っていい。

「生きがい」とか「己の成長」というのは、自分をちゃんと食べさせられるようになった後に、余裕があったらボチボチゆっくり考えていけばいいと思う。

人生は長いんです。人間なんて70歳80歳になったら「勝ち」も「負け」あったもんじゃない。

ちょっと目の前の人のお役に立てればいいかなぐらいの気持ちで仕事をしてみるのはどうでしょうか。

ご飯が食べられて、そこそこの生活さえできたら上出来。さらに自分の仕事で目の前の人が喜んでくれたらもうけもん。そんな心持ちが長い人生を生きていくには大切ではないでしょうか。

やらないよりもやる方がマシかな?それくらいのモチベーションが仕事を無理なく続けるコツ。

会社というのは「他人が作った金儲けの箱」にすぎない。自分の大切な命や家族の幸せをかけ過ぎたらあかん。自分で「逃げる」って決めたら、自信をもって逃げたらいい。その選択は誰のせいにもしない。

自分の意思で前の職場を変えて、自分の意思で今ここにいるという時間が必要だと思う。

結局、どこに行っても一緒で、100%満足できる環境はない。

だから大事なのは「今いる場所で、どうしたら自分が快適に過ごせるのか」を中心に考えること。

他人を変えて快適にするのではなく、「自分がどう動けば快適になるか」「どうすればここで気持ちよく過ごせるようになるか」を考えること。

人間関係:与えられるのは当たり前ではない。

「これくらいやってもらって当たり前」という感覚は人間関係がうまくいかなくなる大きな原因の一つ。

自分の言う通り・思った通りになることは当たり前ではない。

何かをしてくれることを当たり前ではないと考えて生活ができると、ちょっとしたことにも感謝できるようになる。そんな癖をつけて人と付き合って行けたら、必要以上に落ち込んだり悩んだりしたりしなくてもいい。

アドバイスをしたり、目の覚めるような妙案を与えることが出来なくても、自分と同じところまで下りてきてくれて、話を聞いてもらえるだけで、人はちょっと楽になる。

人が人を注意したり、怒ったりするときなんていうのは、代替身勝手なもの。「なんか意地悪したくなるじじょうがあったんだろうな」「イライラして八つ当たりしてただけかな」「なんか気の毒な人だな」ぐらいで解釈がちょうどいい。

人と比べたくなるのは仕方ない。でも、どんな元気そうな人でも悩んでいない人はいないことを知る。

あの人はいいな~と憧れる「あの人」と同じ状況に置かれたとしても、また種類の違う悩みや苦しみは出てくる。きらびやかなものや素敵なことに囲まれているように見える人でも、多くの責任や人間関係にがんじがらめになって、傍から見るよりもはるかにしんどい思いをしていることが多い。

つまり、どこに行っても同じ。何になろうとも同じである。他人を羨んでしまうとき「私もしんどくて大変だけど、あなたもきっとしんどいんだろうな~。もしかしたら私よりもっと大変かもしれない」そんなふうに思うようにしてください。

不安:考えてもしょうがない

人は大抵先のことを考えすぎて、不安になる。未来のことは誰にも分からない。戦中戦後の混乱を経験した身としては、まさかこんな豊かな時代が来るなんて想像もしてなかった。

ただ一方で変わらないこともある。どんな日も朝が来て夜になるし、お腹が空くから食べないといけない。

それは時代に関係ない。ずっと先のことを気にしても、どうせ思い通りにならない。基本的には今日1日生きていくことだけを考えて生きていい。

当然生きていればその時々でいろんな問題が降ってくる。「夜になったらまず寝て、朝になったらまた考えよう」と思ってさっさと寝る。次の日になれば、気分が変わって違う考えが浮かんだり、職場に行ったら違った状況になったりする。

夜の仕事は、「よく眠る」こと。確実におきることが分かっていることだけ手をうてばいい。

「それ以外は知らん」でいい。心を平静に保つコツは「仕事の時以外は、仕事のことは考えない」こと。

今考えるべきことと、そうでもないことをしっかりと区別して、切り離す特訓をする。仕事が終わってから寝るまでをパターン化する。

もしかしたら自分で勝手にスケールを大きくしてしまっているけど、周りからすると全然大したことがなく、被害妄想的なものもある。

そういう時は、「考えるのはストップ!」と自分に号令をかけて、気軽にテレビやスマホを見る。
しんどい思いは、後になると一番大事な経験だったと感じられる。だから一つも無駄にはならない。今後しんどいことを経験することがあれば、それは「新しい物の見方」を学ぶ時期でもある。

すべての経験には意味があるんだと、実感ができると、もうひと踏ん張りできる。
「うまくいかない時期」の中だって小さな「うまくいっていること」はたくさんある。

例えば大きな災害にあわずに暮らせている、家族が元気でいてくれるなど。つまり「うまくいかないな~」と思っている時は、自分の中で「一番や二番目にうまくいってほしいこと」だけが、うまくいっていないだけってこともある。

元気で生きていられる時間は限られているから、過去のために使ったらだめ。

子供:子供に真摯に向き合って、常にニコニコと

仕事の質は、中途半端で大いに結構。手抜きしてもいいから、途中で投げ出さないことが一番大事。

仕事と家庭の両立は多くの人にとって大事なテーマ。理想通りにいかないと悩む人は多い。

なぜ理想通りでないといけないのか?それは誰のため?

中途半端でいい。

完璧を目指して挫折するより、不細工な形でも続けていくことの方が大事。

理想を高くしてあれやこれやできないと悩むより、親がニコニコ笑って機嫌よく子供のそばにいてあげる方が子供の成長にも大切なこと。
どんな手間暇をかけたり、お金をかけたりして立派なことをしてあげても、親の見栄や付き合いのために会っていることは、子供はすぐに見抜く。

「子どもが言うことを聞いてくれない」と嘆く親、「そんな子供に育てたのは誰?」

「社員が動いてくれない」と嘆く社長、「そんな会社にしたのは誰?」

「転職がうまくいかない」と嘆く人、「そんなふうに働いてきたのは誰?」

人のせいにしないという覚悟が、人を一段を大きくしてくれる。己の人生、己に責任を持つことが、自分らしく生きるかどうかということに、最終的に必要になる。

孤独死するということは、誰にも迷惑かけずに死んだってこと。家族に介護の苦労も掛けずに、病院で医療費も使わずに、一人でさっと死んでいく。一人で死のうが、病院で死のうが、人間らしく穏やかに死ねたらそれで十分。

まとめ

いかがだったでしょうか。

一つでも皆様の記憶に残っていただくものがあれば嬉しく思います。

個人的には、

他人を羨んでしまうとき「私もしんどくて大変だけど、あなたもきっとしんどいんだろうな~。もしかしたら私よりもっと大変かもしれない」と思うことや

「うまくいかない時期」の中だって小さな「うまくいっていること」はたくさんある。ということが気にっています。

新しい発見が出来た気がしました。

最後に与えられるのは当たり前ではない。自分の言う通り・思った通りになることは当たり前ではないという考え方に自分なりの補足を紹介いたします。

子供が「いってきます」と学校へ行くこと、部下が仕事をしてくれること、友達にLINEを送ると返信があること、家に帰ると夕飯が用意されていること、当たり前と思っていることは、実は当たり前ではないと思うとどうでしょうか?

自然と感謝の気持ちが湧いてくることはないでしょうか?

「ありがとう」の言葉が今日からひとつ増えるといいですね。

この度は最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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